日本を変えるたった一杯の味噌汁:マルカワみそ株式会社
「関わる全ての方に充実した人生を送ってほしい」という企業理念のもと、国産・オーガニック・無添加の原材料で味噌を作り続けているマルカワみそ株式会社。充実した人生のための健康な食、そのための健康な土。代表取締役の河崎宏さんと、常務取締役の河崎絋徳(ひろのり)さんにお話を伺いました。
食べ物って一体何だろう?
河崎宏さん 学生の時に、食品添加物研究をされている郡司篤孝さんの書籍が新刊で平積みされているのを見つけました。タイトルは忘れてしまったんですが、食品添加物についての警鐘を鳴らしている本でした。その本を読んで、「食べ物って一体何なんだろう?金儲けのための売り物なのか?命を全うするための価値あるものなのか?」という疑問が沸いてきて、それが今でもずっと抜けないんです。あの時に私の人生の方向性が決まったというか、決められたというか。「食べて出して生きる」だけだったら、牛や豚でも一緒。でも、人間が食べて生きることには別の意味があるはずですよね。
おっとりとした口調で芯のあるお話をされる河崎 宏社長
充実した人生を送るためには健康は欠かせない。じゃあ、健康になるためには汚染のない食べ物が大事、そんな食べ物は農薬や化学肥料を使わない健康な土で育つ。そう思ったら、私は味噌屋だから原材料となる大豆とお米の栽培から始めないといけないと思い、農業を始めました。37歳の時です。
マルカワみその名刺裏に書かれている企業理念の概念図。充実した人生は土から始まる。
「父ちゃん、これは金儲けやないんや」
先代の父に頼んで、農薬や化学肥料を使わずにお米と大豆を育てたい、と田んぼと畑を借りました。本業の味噌屋に迷惑をかけないように、会社を分けて年間続けましたが、赤字が続く一方。良いことをしているのに、なんで売れないんだろう?と思う日々でした。大病を患ってしまい、農業の会社は廃業。でも、その頃に有機農業推進法ができて、有機農業をする人たちが増えてきたんです。原材料づくりを止め、味噌づくりに専念することにしました。
店舗の裏に広がる大豆畑。マルカワみそでは、現在も少量だが自社栽培を続けている。
全国を駆け回り、有機栽培のお米と大豆を分けてもらって味噌づくりを始めました。「こんなにいい米と大豆で作った味噌なんだから、飛ぶように売れるだろう!」と思っていたんですけどね・・・まったく売れなかったんです。世の中は価格破壊、ディスカウント時代。早い、安いがもてはやされた時代に、時間がかかる高い味噌は全く受け入れてもらえませんでした。売れないから、せっかくいい原材料で作った味噌も、他の味噌と混ぜて販売する始末。あまりにもコストがかかる上に、売れないことが何年も続き、父親からは「もうやめとけ」と言われましたね。でも、「父ちゃん、これは金儲けやないんや」と、細々と続けていました。私はたった一杯の味噌汁が日本の未来を変えると思っています。
売り先の転換、有機栽培への切り替え、そして、麹菌の採取へ
「なんで売れないんだろう?」を考えて考えて、売り先を変えないといけないことに気づきました。今までお付き合いのあった店舗に、どうやって商品が売られているのかを見に行ったら、商品棚に陳列しているだけで、情報は商品と価格のみ。製造のこだわりを伝えられるような状態ではありませんでした。 だったら、原材料や作り方のこだわりを伝えてくれる所に売ろうと考え、関東の自然派のお店で販売してもらうことにしました。・・・とはいえ、「売れない」という経験をし続けると、心が折れるものなんですよね(苦笑)。「1回は買ってくれても、どうせ続けて買ってはくれないだろう」と期待せずにいました。ところが、注文が2回、3回と入ってきたんです。そうしたら、ナチュラルハーモニーさんとか、別の自然派系の会社さんからもお声がけいただくようになりました。
マルカワみその店舗に並ぶ、こだわりの味噌の数々
1991年から有機栽培原料の使用を進め、お米も大豆も完全に有機化し、塩も天日塩に切り替えたのは2010年の事です。その間、書籍『買ってはいけない』で有名な三好基晴先生が当社に訪ねて来て、天然の麹菌で味噌が作れないか、という話になりました。それまでは種麹屋さん(※コラム参照)から種菌を買っていましたから、天然の麹菌の採取方法なんて知らなかったんです。でも、ちょうどそこに同席していた父が「昔やったことがある」と言い出しまして。それならやってみよう!と、麹菌の自家採取を始めました。
天然の麹菌を採取している蔵の中には木桶がひしめき合う。
4種の麹菌が奏でるハーモニー
河崎絋徳さん 今は全ての味噌をマルカワみその蔵付麹菌でつくっていますが、実は、天然の麹菌を採取するのはすごく難しいんですよ。作った麹の半数は失敗するし、時間もかかるし、仕込む度に味や色が違います。 初めてマルカワみその米麹を購入されたお客様からは「甘酒を作ったんだけど表面が灰色になったんですが大丈夫ですか?」とよくお問い合わせがあります。色々調べたんですが、灰色になる原因がよく分からないんです。毒性は全くないので食べる分には何も問題がないのですが、白い甘酒に慣れているとちょっと抵抗がありますよね。
河崎家次男で常務取締役の河崎絋徳さん。みそTuberとして活発に情報発信をしている。
米麹を作る側からすると安定した品質で出したいんですが、天然の麹菌を採取しているので、どんな菌が来てくれるかはこちらで決められません。採取した麹菌が安全な菌かどうかはきちんと検査に出しています。マルカワみその麹菌は4種類いまして、その4種の菌たちが豊かなハーモニーを生み出してくれています。天然の麹菌による麹作りはとても難しい面が多いですが、でも、やっぱり力強さを感じるし、ワインのように味の違いを楽しんでいただきたいですね。
うんことハエの法則
蔵付麹菌を採取するには大豆を使います。面白いことに、自然栽培大豆の方が菌が付きやすいんです。自然の菌は自然に育った豆に付く、「類は友を呼ぶ」ということですね。父(宏さん)の例えが面白くて、これを「うんことハエの法則」と言っています(笑)。うんこにはハエが寄ってくる、花には蝶が寄ってくる、と。いい大豆には良い菌が寄ってくるし、質の悪い大豆には悪い菌が寄ってくる。 これって、人間にも言えることなんですよね。自分がうんこみたいな人だったら、悪い人が寄ってくるし、花になれば良い人が寄ってくる。物事が思い通りに進まなかったり、人との付き合いが上手くいかなかったりしたときは、自分が花になることを考えればいい。誰かや何かのせいにするのではなくて、自分を変えればいい。菌や発酵は、こういうことも教えてくれます。
炊いたお米を瓶詰めしておいたもの。マルカワみそでは「うそ発見器」と呼んでいる。自然栽培のお米(右2つ)は何年経っても炊き立てのご飯のような色をしている。(左から2016年産特別栽培米、1997年産有機栽培米、2017年産自然栽培米、1998年自社栽培の自然栽培米。)
調理師からみそTuberへ
僕は河崎家の次男として生まれ、元々、家業を手伝う気はありませんでした。食べることが大好きで、「おいしいものを食べたい」という想いから調理師になり、ホテルの和食レストランで働いていました。ホテルを辞め、福井に戻ってきて、働く先を探している間だけアルバイトとして会社を手伝うことになりました。 会社の仕事を手伝うまで、父が有機や無添加と言って味噌を作っていることの意味がよく分かっていませんでした。会社に入り、色々見ていく中で、父がやっていることには2つの価値があることに気づきました。地球を汚さないという「環境価値」と、人の血肉となる食べ物の安全を担っている「生命価値」です。とても尊い仕事だということを知り、そのまま入社することにしました。
「入社してから父の仕事の尊さに気づきました」と絋徳さん。
マルカワみその味噌は、木桶に入れて加温せず、天然醸造で10ヶ月かけて作られます(白味噌以外)。時間をかけて熟成させることで、うま味の元であるアミノ酸が増えます。だから、少ない出汁でもおいしい味噌汁になるんですよ。今、もっと味噌に親しんでもらうために、調理師の経験も活かして「みそチャンネル」というYoutube配信をしています。味噌の事だけではなく、食の事についても配信しているのでぜひご覧いただき、「充実した人生」のヒントにしていただけたら嬉しいです。
コラム:世界最古のバイオビジネス「種麹屋」
ほとんどの醸造業では、種麹屋と呼ばれる種菌を販売する会社から元となる菌を購入し、自社で菌を増やして発酵食品を作っている。麹菌がもやしの形に見えることから、種麹屋は「もやしや」とも呼ばれていて、全国に数件しかない。その歴史は史実に載らないほど古く、世界最古のバイオビジネスとも言われている。 マルカワみそでは、以前は種麹屋から種菌を購入していたが、今は自家採取の麹菌を利用して味噌を作っている。
2021年9月取材。「暮らしの発酵通信」14号掲載。 ※役職は取材時のものです。河崎宏さんは現在、取締役相談役に、河崎絋徳さんは専務取締役に就任されました(2022年1月)。