時が生み出す黄金の旨味:MIKURA酢
米酢、ワインビネガー、リンゴ酢、黒酢…巷には様々な種類の「酢」が並ぶ。酢は塩に並ぶ人類最古の調味料と言われ、古くから防腐、疲労回復、食欲増進などに利用されてきた。創業10数年の若い蔵が、三重県の酢の歴史の1ページに名乗りを上げた。
もったいない精神から生まれた「粕酢」
木桶の中でゆっくり時間をかけて作られるMIKURAの粕酢
酢の起源は古く、紀元前5000年にはすでにナツメヤシやブドウから酢が造られた、という記録がある。壺に保存していた果実がつぶれ、その果汁が空気中の酵母によって発酵してワインとなり、さらに発酵が進んで酢となった。そう、酢はアルコールから造られる。
日本では、古墳時代後期、中国から酒造りの技術と共に酢の製造技術が伝わったと言われている。日本酒を原料として造るため、酢は高級調味料であり、庶民には手の届かない贅沢品だった。
高価な酢が庶民に浸透したのは江戸時代。尾張(現愛知県)の造り酒屋であった中野又左衛門が、酒粕を原料に酢の製造を始めた。日本酒を原料にする米酢と異なり、当時廃棄物として捨てられていた酒粕を用いることで、酢を安く造ることに成功。江戸でブームの兆しを見せていた江戸前寿司の酢飯に使われるようになり、広く庶民にも馴染みのある調味料となった。現代では米酢が大量生産されるようになったが、酒粕から造られた酢は「粕酢(酒粕酢)」と呼ばれ、現在も造られている。
時の流れが生む旨味
三重県御浜町に蔵を構える株式会社MIKURAは、創業12年の若いお酢屋さん(2020年現在)。MIKURAの代表的な酢は「粕酢」と「玄米黒酢」。三重県の酒蔵から取り寄せた酒粕を3年間熟成させると、白かった酒粕は赤みがかった酒粕になる。
熟成され、味噌のような色になった酒粕。白い酒粕にはないうま味と香り。
日本酒の製造工程で生まれる「酒粕」には、タンパク質や炭水化物、食物繊維、ビタミン、ミネラルなどが豊富。美白成分であるコウジ酸や天然の保湿成分もあり、「カス」とは呼べないほど素晴らしい健康効果が注目されている。搾りたての酒粕は白く、長期熟成することによって茶褐色へと変化していく。熟成によってアミノ酸が増えるため、芳香な深い味と香りが楽しめる。
熟成させた酒粕を使うことで、でき上がりのお酢は赤みを帯び、それを使った料理もほんのり赤くなる。そうした粕酢は「赤酢」とも呼ばれる。また、粕酢は米酢の約2倍もアミノ酸が含まれていると言われ、酸味も柔らかい。粕酢を直接舐めると、優しい酸味の後に、コクのような余韻が残る。
株式会社 MIKURA 代表取締役 伊藤志乃さん
「当社では赤酢が商品のベースとなっていて、それを炭でろ過した無色透明の粕酢も造っています。熟成していない酒粕でも白い粕酢は造れますが、赤酢を使った方が深い味わいになります。おいしくて料理もキレイに仕上がると人気です。」 そう話すのは、株式会社MIKURA代表取締役の伊藤志乃さん。木桶を用いた伝統的な製法で、じっくりと時間をかけて酢を造っている。
酸素が好きな酢酸菌たちは、木桶の表面に集まって膜を張る。言葉のないコミュニケーションをとりながら、アルコールを酢に変えていく。
「安く大量に造る方法では、1日でアルコールからお酢ができます。当社ではだいたい粕酢で約60日、玄米黒酢では半年以上の時間をかけてお酢を造っています。このかけた時間だけ、カドの取れたまるみのある味になるんですよ。
粕酢を造る表面発酵法では、酒粕と種酢と水とアルコールを入れて混ぜ、酢酸菌が木桶の中のアルコールをお酢に変えてくれるのを待ちます。
混ぜるのは最初だけで、あとは自然の対流にまかせます。 お茶も、急須の中に茶葉を入れてお湯を入れたら、ゆすらない方がおいしいらしいです。急須の中で対流するお湯でゆっくり抽出してください、とお茶屋さんに言われたことがあります。ついつい、慌てて急須をゆすってしまうけど、時間をかけることの価値ってありますよね。」
歴史がないから、これから伝統をつくっていく
(伊藤さん)「当社ができたのは2008年。元々は酢を仕入れて小売する販売会社でした。2011年に起きた紀伊半島大水害で、仕入元だった製造会社が水害の直撃を受けて、一時、操業中断を余儀なくされました。
この時、当時の代表がお酢の販売だけではなく、製造もすることに決めたそうです。製造元の職人が、種酢だけは!と必死に守った少しの種酢を元に、当社で新しいお酢を造り始めました。その職人ごと受け入れて、現在、当社がある御浜町に蔵を構え、販売業から製造業に代わりました。私が引き継いだのが2016年です。 私はその会社と直接関わりがなかったのですが、知人に紹介され、引き受けることにしました。
なんで引き受けたのか自分でもわからないのですが、やることになった(笑)。今、製造を担当してくれている福井さんも、酢造りをしていたわけではないので、私たちは会社も若ければ経験もないんです。でも、だからこそ、純粋に勉強するしかない、というところがいいと思っています。伝統があるわけではなく、これから伝統をつくっていける立ち位置だから。」
製造主任の福井鉄(まかね)さん
(福井さん)「この会社に入るまで、そんなにお酢への関心はなく、ただすっぱいもの、という認識しかありませんでした。この仕事をしてから、お酢にはすごくたくさん種類があって、しかも、すっぱいだけではない、色んな味があるということを知りました。自分でドレッシングを作るようになったら、味わいが全然違うんですよね。
ドレッシングは酢と油と塩。シンプルだからこそ、素材の力が発揮されると思います。 お酢造りって、前回と同じことをやったつもりでも、でき上がりが全然違うんですよね。こっちがイライラしているとうまく発酵しないんです。仕込みをする大事な日に夫婦喧嘩をするとうまくいかない(笑)。
生き物相手だから、人間の都合では動いてくれない、そこが難しさでもあり、面白さでもあります。」
そぎ落とされていない「なにか」
酢の原料はアルコール。米から日本酒を造り、お酢にしたものは米酢、ブドウの果汁をワインにして造ったものはワインビネガー、玄米(または小麦や大麦を足したもの)を原料にしたものは米黒酢と分類される。
ただ、自社で酒造りからしている食酢メーカーは少ない。その多くがアルコールを仕入れて酢を造る中、MIKURAの玄米黒酢は自社で麹から手掛けている。
(伊藤さん)「お酢を造るための技術の伝承を考えた時、麹づくりからお酢になるまでの一連の流れがわかっていないといけないと思ったんです。麹をつくるプロ、酒を仕込むプロ、その道の専門家に委託することもできますが、それでは技術の伝承にはなりません。自社で田んぼを持って、お米から作れたら理想的ですけどね。」
(福井さん)「玄米で麹づくりって難しいんですよ。白米に比べて、玄米は固いし、麹をつくるためには邪魔なものがいっぱいあるから。
でも、本当は『いらないもの』として取り除かれている部分も全部含めて『お米』なんです。玄米黒酢は麹をつくるためにほんの少しお米の周りを削りますが、お米の良さが全部お酢になったようなものですね。」
機械を使って麹をつくる醸造所が多い中、MIKURAでは昔ながらの麹蓋を使用し、大事に麹を育てている。
「砂糖も、塩も、言葉だって、精製されたものってあまり良くない感じがするんです。インターネットの会議で、姿が見えて言葉も聞こえるけど、そぎ落とされてしまった何かがあるじゃないですか。それが、電話で音だけになり、メールで文字だけになると、ますます相手とのコミュニケーションが難しくなります。受け取り方によって全然違う印象になるし、その時の気分にも左右されやすい。 お酢も一緒で、そぎ落として必要なものだけにすると味わいのない、ただのすっぱい酢になってしまいます。手間をかけるとか、時間をかけるとか、愛情は原材料ではないけれど、そうしたものも全部含めた『情報』、そぎ落とされていない『情報』も含めた、包括的なところが重要なんじゃないかと思って造っています。」
MIKURAの社名には、「美(ミ)しい暮ら(クラ)し」という想いが込められているそう。美しさの定義は人によって大きく異なる。
「健康で快適な美しい暮らし」を願うMIKURAのお酢からは、そぎ落とされすぎない、自然体な美しさを感じる。
colum:酒で作るから「酢」
(上から右回りに)ワインビネガー、MIKURA玄米黒酢、りんご酢、MIKURA粕酢、米酢
「酢」は英語で「vinegar(ビネガー)」。その語源はフランス語の「vinaigre(ビネーグル)=vin(ワイン)+aigre(すっぱい)」からきている。「酢」という漢字を見ても、「酉(酒または酒を入れる器)+乍(作る)」の組み合わせ。何を原料にするかによって、米酢、りんご酢、ワインビネガーなどと呼び分けられている。
colum:「もろみ酢」は酢ではない?!
沖縄県の代表的な発酵飲料のひとつ「もろみ酢」。もろみ酢は、泡盛の製造工程で発生する蒸留後の“もろみ”を搾ったもの。
アルコールを含まず、アミノ酸やクエン酸、GABAなどが含まれ、様々な健康効果があるとして、健康飲料として飲まれている。 「酢」という表記がされているが、JAS法では、実は米酢やりんご酢のような「食酢」としては分類されていない。もろみ酢の分類は「清涼飲料水」。食酢の酸味は酢酸発酵過程でつくられる「酢酸」であるのに対し、もろみ酢の酸味は、泡盛をつくる時に使用する黒麹菌が出した「クエン酸」。酢酸発酵されたものではないため、法律上は「食酢」には含まれない。同様に、梅酢も梅から生成される「クエン酸」による酸味のため、「食酢」には含まれない。
MIKURA酢は「暮らしの発酵STORE」でもご購入いただけます。
2020年3月取材。「暮らしの発酵通信」三重県版掲載。