200年の歴史と味わう発酵和菓子「くず餅」:㈱船橋屋
「くずもち」と聞いて連想するのは、透明でプルプルとした食感のもの?それとも、乳白色でコシのあるもの?実は、「くずもち」には大きく分けて2種類ある。透明の「葛餅」と乳白色の「くず餅」。きな粉と黒蜜をかけて食べるのは一緒だけれど、原材料も作り方も全く異なる。「くず餅」は和菓子唯一の発酵食品とも言われ、200年以上の歴史もあるが、その白さの中に隠された謎は深い。
「葛餅」と「くず餅」
主に関西圏で食べられる「葛餅」と関東圏で食べられる「くず餅(久寿餅)」(沖縄県には「芋くず」という、くず餅と似たようなお菓子がある)。葛餅は、葛という植物の根から作られる葛粉を水に溶き、加熱して砂糖を加え、冷やし固めたもの。透明でプルプルとした食感が特徴で、きな粉と黒蜜をかけて食べる。
関西の「葛餅」
一方、くず餅の原材料は小麦粉。小麦粉を水に溶いて静置し、「グルテン」と「デンプン」に分け、下に沈んだ「デンプン」だけを取り出して、発酵させる。それを水に溶いて蒸す。色は乳白色で、コシのあるぷるんっとした食感。こちらもきな粉と黒蜜をかけて食べる。
関東の「くず餅」
葛は漢方薬にも使用されているため、歴史としては葛粉の方が古いが、「お菓子」として食べられたのはくず餅の方が先ではないか、と言われているそう。
船橋屋初代が好んで参拝していたという亀戸天神。くず餅発祥の地。
「船橋屋は、初代 勘助が亀戸天神を好んで参拝していて、そこで何か商売を始めようとして創業した、と言われています。勘助は下総国(千葉県北部)船橋出身で、地元の良質な小麦を使って作ったのが船橋屋のくず餅です。船橋屋の名前の由来もそこにあります。 川崎大師(神奈川県)の久寿餅も有名ですが、そちらの由縁は、江戸で大洪水があった時に放置していた小麦が水浸しになり、それを何とかして食べようとして生まれたそうです。」
新しいことに挑戦し、若い人にもどんどん仕事を任せていくという社風に魅かれて入社したというお二人。左:山本有祐子さん、右:篠原優奈さん)
説明をしてくれたのは㈱船橋屋企画本部の篠原優奈さん(写真右)。くず餅に関する資料はほとんど残っておらず、どこが発祥なのかは諸説あるそう。
450日発酵、消費期限2日
「他社さんでは原料の発酵期間が300日のところもありますが、船橋屋では450日かけて発酵させています。」 450日!耳を疑う日数の長さ。
確かに、発酵食品の中に、2年も3年も発酵期間を置いているものも多いが、そのほとんどは賞味期限も長い。しかし、驚くべきことに、1年以上も発酵させて作ったくず餅の消費期限は、なんとたったの2日間! 高度経済成長期に多くの発酵食品が効率化のあおりを受けた中、今日まで、この超非効率な和菓子が残っていることが不思議でたまらない。パッと咲いてパッと散る、桜や花火のように、「儚い美しさ(おいしさ)」が江戸っ子の心に響き、200年も受け継がれてきたのだろうか。
縄県南城市の小高い丘の上に位置するデンプンの発酵場。青い海が眼前に広がる絶好のロケーションで発酵が進んでいく。(左:発酵場を管理する狩俣さんご夫妻。)
「創業当時から450日も発酵させていたかどうかはわかっていません。ただ、発酵期間を短くしてみたり、発酵していないデンプンを使ってみたり、色々実験してみたんですが、おいしくなかったり、船橋屋の味にならなかったりして、うまくいきませんでした。船橋屋の味にするにはやっぱり450日必要なんです。 じゃあ、消費期限をもっと長くできないか?と日々研究しているのですが、なかなか難しいようです。もちろん、保存料を入れたらそれは可能なんですが、『自然なものを自然なままお客様に提供する』という信念があるので、食品添加物は一切使用するつもりはありません。」
発見!船橋屋スピリット!甘味の横綱・船橋屋
江戸時代(1805年)に創業した船橋屋。亀戸天神の参拝客に向けて作られるようになったくず餅は、瞬く間に人気の逸品となり、江戸の名物の一つに数えられるほどの評判になったそう。明治初頭に出た江戸の情報誌「大江戸風流くらべ」の甘いもの番付の中には「亀戸くず餅・船橋屋」が横綱としてランクイン。芥川龍之介や永井荷風、吉川英治などの文豪にも愛された。
くず餅さん、今日のご機嫌は?
「毎日仕上がりが違うからこそやりがいがある。」 と製造課の千葉誠さん。
第一製造部くず餅製造課の千葉誠さんは、工場で毎日くず餅の顔色をうかがっている。 「発酵食品なので、発酵具合によってできあがりの良し悪しは全然違いますね。それを均一に保っていくのが私たちの仕事です。 岐阜県と沖縄県で原料を発酵させていますが、状態がそれぞれ違うので、それをいい感じになるようにブレンドします。
その時点では独特の発酵臭がするんですが、特に、最近のお客様は発酵臭に慣れていない方が多いので、基本の工程は変えずににおいを減らす工夫をしています。昔からのお客様には『あのにおいが良かったのに』と言われることもありますが(笑)。
それを蒸して完成なんですが、蒸しあがった時に指先で触ってみて、ぷるんっといい返事が来ればほっとしますね。触った時に弾力がなかったり、あり過ぎたり、ベトベトしたり、悪い返事の時は蒸すスピードや水分量を調整します。 昨日と同じように作っても、今日成功するとは限りません。毎回、毎回、より良いを追求していかないといいものができないんです。でも、それがやりがいですね。
実際に蒸されて出てきた餅を見て、もっと良くするにはどうしたらいいか、を常に考えながら作業しています。 この工場は築50年ほど。新工場を建てる予定で、その時にはできる限り機械化しようとしているんですが、くず餅の製法が独特過ぎて、なかなか難しいようです。くず餅は木枠に布を敷いて、水に溶いた原料を流し込むんですが、布をピッチリと機械で敷くのが難しくて、それを自動化しても、くず餅の弾力が良くないんです。」
蒸し上がりの葛餅
老舗和菓子屋のRe BIRTH(生まれ変わり)
くず餅は、小麦粉中のデンプンのみを原材料として利用する。くず餅にとって、グルテンはいわば廃棄物。これをどうにか活用できないかと船橋屋8代目渡辺雅司社長は考えた。
沖縄には、大きな車麩を食べる習慣がある。麩の原材料は100%グルテン。車麩にとって、デンプンは副産物で、沖縄の線香や畜産飼料になっていた。そこに目を付けた渡辺社長は沖縄県の車麩メーカーと提携し、食品を無駄にしない仕組みを整えたのだそう。
沖縄では煮物や炒め物に使う「車麩」。100%グルテンで作られている。
渡辺社長の挑戦はこれだけではない。近年発見された、くず餅乳酸菌®の研究も始まっている。くず餅は乳酸菌による発酵だが、くず餅にしかいない乳酸菌が発見された。健康効果が立証され、日本古来の植物性乳酸菌として話題となっている。粉末状のくず餅乳酸菌®をかき氷にかけ、「おなかにやさしいかき氷」として期間限定発売もした。
社内の組織活性プロジェクトで若手育成をしたり、積極的に新卒採用に乗り出したりすることで、2015年には5人の採用枠に1万7000人もの学生がエントリーをしたという。お話を伺った篠原さんと山本さんも、そんな会社の雰囲気にほれ込んで新卒採用された二人。 「(山本さん)私は奈良県出身なので、葛粉の葛餅しか知りませんでした。正直なところ、原料の発酵臭も苦手。でも、時が経つにつれて、工場の方と接する機会が増え、人柄とかを感じるようになったら、だんだん発酵臭も前よりは嫌じゃなくなりました。今はデパートの店舗で販売員をしていますが、どんどんくず餅が好きになっています。」
あんこやきなこ、黒蜜なども自社でオリジナル配合で作っている船橋屋。寒天は外注しているものの、粉ではなく、てんぐさ(寒天の原料)から作るというこだわりよう。
「(篠原さん)私は新卒担当もしていますが、世の中に発酵や日本の文化をもっと広めたい、とか、くず餅乳酸菌を使って、応用して何か自分の手で作りたい、という志望動機の学生がとても多いです。 船橋屋はメイン商品であるくず餅自体、日々進化していますが、会社も一緒で、芯を持ちつつも、新たな可能性の芽を伸ばしていく雰囲気がとてもあります。
中期目標のテーマに掲げた『Re BIRTH』。一人一人の力で会社もくず餅もよくしていきたいです。」 2020年には東京都の表参道に、発酵をテーマにしたカフェがオープン予定だそう。古くて新しい「くず餅」が今度はどんな形で発酵していくのか楽しみだ。
発見!船橋屋スピリット!船橋屋ゴール
社内活性プロジェクトの一環で、中期計画を可視化したFBGs(FunaBashiya Goals)。2022年までに達成する目標を掲げ、工場や店舗などに設置している。勤続年数に関係なく、やる気があれば新入社員もこうした取り組みを作り上げるプロジェクトに参画できる。若い力と新たな研究によって、老舗和菓子屋のReBIRTH(生まれ変わり)が始まっている。
2019年5月取材:「暮らしの発酵通信」10号掲載
取材時&取材後小ネタ
発酵ライフアドバイザープロフェッショナルでもあるライターからの一言。
蒸す前のくず餅原料を食べてみた。
くず餅の原料。触った感じは、水で溶いて茹でるまえの白玉粉。ホロっと粉同士が崩れる感じ。
この原料を保管し、水で溶く工程をしている工場の中は、「ん?なんか変なニオイ」と思った。これが、いわゆる「くず餅の発酵臭」らしい。サイレージのようなニオイ。やっぱり乳酸発酵なのね。
味は、酸っぱい生の片栗粉。
原料の塊を口に入れた時、担当の方が「わ!食べたっ!」って顔をされてた(笑)。そりゃ、口に入れてみるよね。
α化してないデンプンも分解する?!
くず餅の発酵過程はまだまだ謎が多い。私が習った一般論では、「デンプンはα化したものを酵素が分解する」+「微生物は糖を餌とする」。
日本の発酵食品のほとんどは米麹に含まれる酵素(麹菌が作り出したもの)が米などのデンプンを糖に変え、それを餌として乳酸菌や酵母などが繁殖していく。
でも、くず餅は「小麦粉のデンプンをα化していない。生の状態。」+「乳酸発酵していて乳酸菌がいる」。らしい。『くず餅乳酸菌』という特殊な菌が発見され、研究がスタートしたところ。ネットで調べたら、「デンプン分解性乳酸菌」という乳酸菌もいるようなので、糖じゃなくても、α化していないデンプンでも、エネルギーとして利用できるのだね、たぶん。
「今日正しいと思われたことが、明日くつがえされる」発酵の世界。自分の固定観念や思い込み、縛り、そうしたものをいかに外しながら自分をアップデートしていけるか。 発酵は、そうした“生き方”も教えてくれる。