ねばり続けて半世紀 大阪納豆:小金屋食品㈱
納豆は、その独特の見た目と香りによって、関西地方では長く敬遠されていた。しかし、この30年間で、大阪市の納豆消費額は約4倍に増加。納豆不毛の地であった大阪で、半世紀以上に渡り、納豆一筋で作り続けている小金屋食品株式会社さんにお話を伺った。
原点回帰の「なにわら納豆」
大阪府大東市に社屋を構える小金屋食品㈱は昭和37年創業。納豆文化が根く山形県出身の小出金司さんが、商いの本場であり納豆産業未開の地でもある大阪で成功を夢見てスタートした。当時、大阪に1軒だけあった納豆工場で10年間修行し、独立。稲わらを殺菌し、手ですいて整え、そこに蒸した大豆を入れて包む。炭火で温め、水を撒いて湿度調整をする部屋の中で発酵させて、納豆を作っていたそう。
納豆不毛の地で納豆を作り続け、順調に事業は拡大して行ったが、平成に入った頃から大手メーカーの関西進出により、小金屋食品は廃業寸前まで追い込まれた。小出さんの娘である吉田さんは、そんな時に会社を継いだ。
小金屋食品(株) 代表取締役吉田 恵美子さん
「『小金屋さんの納豆じゃないと!』と言ってくださるお客様がいらしたから、がんばれるうちは、その方々に納豆を届け続けたいと思いました。製法もタレもすべて小金屋のオリジナルなので、この味はうちにしか出せません。今は、その品質と価値をわかってくださるお客様が支えてくださっているし、パッケージなどの見せ方を変えたらSNSなどの口コミで広がるようになりました。
父の時代は自分でわらを手に入れるところから始まっていたし、今のように温度管理ができる発酵室もないし、その頃に比べれば今は便利になりました。父が夜通し炭をくべたり水を撒いたりしていたことを覚えています。すいたわらのカスが部屋に散らばっていたりね。」 大正時代に北海道帝国大学の半澤教授が納豆菌の純粋培養に成功して以降、現在市場に出回っている納豆はほぼすべて、蒸した大豆に納豆菌を振って製造している。
一方、小金屋の「なにわら納豆」はシート状になったわらの中に蒸した大豆を入れて発酵させるだけ。わらにいる天然の納豆菌のみで醸していく。吉田さんは小金屋食品の原点ともいえるわら納豆を10年ほど前に復活させた。
すべての工程に人の手が加わる小金屋の納豆。味のある歴史が設備にも刻まれている。
「『なにわ』の『わら納豆』で『なにわら納豆』。なにわら納豆は自然の菌任せだから、商品として品質を安定させるのがとても難しいんです。全く糸を引かないものができる時もあります。
でも、自然のおいしさがあるし、味も濃くてしっかりしています。それと、大豆をわらに入れて包むことは機械じゃできないから、すべて手作業なんです。てまひまかけて作る分、私たち の思い入れも強くなっちゃいますね。出荷する時なんて、子どもをお嫁に出す気分ですよ。『いってらっしゃい。出戻りは嫌だからね〜。』なんてたまにみんなで言っています(笑)。」
「子どもには安全なものを食べさせたい」母の想いで作る味
「うちの納豆は、いわゆる『関西仕立て』。関西人は、ダシの利いた甘めのタレ、そしてつゆだくが大好きです。だから、つゆだくになるように、タレの量を多くしているし、ベースの醤油には白醤油を使っています。大豆は数年前に全て国産大豆に切り替えました。しっかり蒸すことで柔らかい食感にし、発酵具合を調整することで、糸引きはしっかりしつつも、ニオイは抑え目になるよう仕上げています。
納豆自体は自然食だけど、タレに化学調味料が入っていることが多いでしょう?だから、化学調味料やアミノ酸を一切使用しないで、納豆の味を引き立てる当社オリジナルのタレを作ってもらいました。紙パックの方に付けているタレは、愛知県の日東醸造さんに何度も何度も作り直してもらってできたものなんですが、このタレが本当に好評で。このタレがほしい、タレだけ小袋でいいから売ってくれ、って言われるようになったので今は瓶詰めしてタレだけを売っています。
他のメーカーさんの納豆はもちろん、だし巻き卵とか和風パスタとか、味噌汁のダシ代わりにしたりだとか、とっても使い勝手がいいんですよ。」
ポップでキュートな納豆の数々が並ぶ納豆BAR小金庵。洋菓子店と間違えて入店してくるお客様もいるらしい。
新たな商品展開はタレだけではない。吉田さんは、「水戸納豆」に次ぐ「大阪納豆」という新たなジャンルを作り出すべく、2016年に直営店「納豆BAR小金庵」をオープンさせた。洋菓子店のような店構えのショーケースに並ぶのはかわいらしい紙パックに入った納豆。
豆の種類はひきわり、小粒、大粒。そして、イワシの削り節、海苔、キムチ、ラー油奈良漬け等々、選ぶのが楽しくなるトッピングの数々。一番人気は青とうがらしみそなのだとか。トッピングにも一切、化学調味料は使用していないというこだわりよう。
納豆で醸す地域と地球
紙パックの商品が並ぶ中、ひときわ目立つ青竹の容器。「竹姫納豆」とラベリングされたこの納豆は、産学民連携で生まれたもの。ある日、小金屋食品が社屋を構える大東市にある飯森山の竹林が放置されて大変になっていることを耳にした吉田さん。なんとか納豆でその問題を解決できないか、と思ったそう。
間伐材の竹を容器にした「竹姫納豆」(540円/90g)
「笹はおにぎりを包んでいたりしたので、竹と食品は相性がいいだろうなぁ、竹を納豆の容器にしたらどうかなぁ、とひらめいたんです。 竹の間伐を管理してくれるNPO法人と、ネーミングやデザインをしてくれる大学と一緒に、1年 間、会議と試作を続けて作りました。そして、このプロジェクトの経緯を『大豆新聞』として発刊しました。 竹姫納豆はなにわら納豆と同じように、天然の納豆菌を使っています。
竹の中に入れて発酵させているので、ほんのり竹の香りがするし、味の雑味も少ない。保湿効果があるからか、糸引きも強いです。すごくおいしい納豆になったし、他にはない納豆として話題になり、店舗でもネットでも入荷と同時に完売してしまうほど人気なんですよ。そもそも、自然の孟宗竹を使っているから数も少ないんですけどね。生態系を守るための間伐なので、それ以上に間伐してしまっては本末転倒ですから。 飯森山の間伐竹を使って6年間やってきたら、竹やぶがキレイな竹林に戻りました。そこはもう間伐する必要がなくなったので、今は違う山のものを使っています。」
竹姫納豆プロジェクトを広めるために大学生がデザイン、発行した「大豆新聞」。山を再生し、地域を繋いだ。
吉田さんが取り組んでいる、納豆を通じた環境保全活動はこれだけではない。工場から出るゴミの削減、省エネなどあらゆる方面から取り組んでいる。 「うちは女性ばかりの会社だから、そもそも主婦目線。無駄なことはしたくないし、節約意識が高いと思います。女性ならではの細やかな配慮ってありますよね。 今は全商品紙カップに切り替えていますが、父の時代はプラスチックのトレイやカップを使っていました
。繊細なお客様はプラスチック臭を気にされるし、世界的なプラスチック問題もありますから。私が一番嫌だったのはプラスチックゴミの回収は週1回で、その間、ゴミ箱の中から 納豆臭がすることなんです。紙だったら可燃で捨てられますから。 工場から出る紙ゴミ、ダンボールはすべてリサイクルしています。
紙もすべて裏表の両面使用で、女性ならではの『もったいない精神』が息づいています。」 小金屋食品のパンフレットには「大量につくることは苦手です、大切につくることは得意です」と書かれている。効率よりも大切なもの。小さなパックに込められた大きな母の愛が、食べる人にも地球にも広がっていく。
納豆納得話 その壱:史上最強!納豆菌
納豆は大豆に納豆菌(バチルス・サブチルス・ナットー)が繁殖することでできる発酵食品。納豆菌は100℃で熱しても死なないほど最強の菌。納豆のネバネバ成分は保湿効果が高く、その成分だけではニオイもしないため、化粧品に使われたり、砂漠の緑化などにも活用されている。
納豆納得話 その弐:万病に効く
納豆は6大栄養素(炭水化物、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラル、食物繊維)をすべて含み、ビタミン類は大豆の1.2~5倍、ビタミンKに関してはなんと50倍!
ビタミンKは動脈硬化を予防したり、骨を強くしたりしてくれる大切な栄養素。納豆菌が作り出すナットウキナーゼには血栓を溶かす作用があり、脳梗塞や心筋梗塞の予防になるとも言われている。その他、ガンや脳血栓、便秘や糖尿病、肌荒れ、高血糖・・・「万病に効く」といわれるほど。
納豆納得話 その参:意外と簡単手作り納豆
温度管理さえキチンとできれば、納豆づくりはとっても簡単!ヨーグルトメーカーなどがある方は挑戦してみては?
<手順> ①やわらかく蒸した大豆に、市販の納豆を加え、40~42℃程度で約24~48時間保温する。 ②冷蔵庫に入れて24時間冷やして完成。 発酵させた直後はニオイがキツイけれど、冷やすことでニオイは落ち着く。無農薬のわらが手に入る場合は、わらを5cm程度に切って煮沸消毒し、蒸した大豆にまんべんなく触れるように容器 に入れていく。わらが手に入らない海外在住の方の中には、「ミントやビワの葉などで作った」なんて人も?!
2018年12月取材:「暮らしの発酵通信」9号掲載