サムライブルーの発酵色「藍」
日本の伝統工芸でもある「藍染」。他の草木染とは違い、藍染は発酵の過程を経ていることを知る人は少ない。藍は発酵させることで初めて染料として使うことができるようになる。 2020年、東京でのオリンピック開催が決まった。話題の一端を担ったエンブレムは、江戸時代に「市松模様(いちまつもよう)」として広がったチェック柄をあしらい、日本の伝統色の藍色で描かれている。オリンピックやワールドカップのサッカーでは「サムライブルー」の青色のユニフォームが日本中を染める。国旗の赤と白ではなく「青」。そして、なぜ“サムライ”ブルーなのか。 藍の生産量日本一の徳島県で藍の歴史を紐解いていたら、“サムライ”だけではなく、庶民に最も親しみのある植物の一つが藍であり、布を染めるだけではない「藍」の奥深さに触れることになった。
藍四十八色と“サムライ”ブルー
藍は色の美しさが一番の魅力。一口に「藍色」と言っても、淡く薄い水色から青色、紺色と、「藍四十八色」と呼ばれるほどたくさんの色味がある。色の違いは藍の品種の違いによるものではなく、色を重ねることで深い藍色を出していく。
甕(かめ)覗き、水色、空色、藍色、群青色…日本人の自然に対する感性がその色の名前に現れている。藍四十八色の中で、最も濃い藍色は「止紺(とめこん)」。それより少し薄い藍色で「褐色(かちいろ)」と呼ばれる色がある。褐色は「勝ち色=勝つ色」で縁起が良いとして、侍が好んで身に着けていたという。消臭や抗菌作用の効能と縁起かつぎで侍が来ていた「藍」。“サムライ”ブルーがここに誕生した。
藍の効能
藍にはいくつか種類があり、徳島県ではアカクキセンボン(赤茎千本)、シロコジョウコ(白小上粉)、アカコジョウコ(紅小上粉)が主に栽培されている。インド(インドアイ/マメ科)や沖縄(リュウキュウアイ/キツネノゴマ科)の藍とは科が異なり、タデ科の植物で、元々は中国から来たのだそう。 染料になるのは藍の葉。ただ、染料よりも、やけどや痛み止め、フグ毒の解毒剤などの薬草として使われることが多かった。
現在の伝統的な藍染は室町時代に始まり、工法が確立したのは江戸時代だと言われている。階級が高い人は絹を、一般庶民は麻か木綿を藍で染めて着ていた。 藍で染めた衣類は日よけ、虫よけ、消臭効果があり、遠赤効果もあることが科学的に証明されている。外気温から身を守る作用もあり、夏は涼しく、冬は暖かい。高温から身を守るために、江戸時代の火消しは藍染の服を着て現場に向かい、侍は藍染の下着をまとっていた。戦の間、ケガをしたら藍の布で縛れば、抗菌作用で傷口が悪化することがなく、風呂に入れなくても消臭効果で嫌なニオイがすることもなかったそう。
藍の発酵
そもそも藍染めはどのような工程であの藍色が出てくるのだろうか? 藍染は染め物の中でも「発酵」の過程を経るという特徴がある。一般的な草木染は草木に含まれる色素が水に溶けて布に付着して染まる。藍の葉にはインディカン(青い色素の元になる成分)が含まれているが、この色素は水に溶けず、さらにはそれ自体が青色の成分ではない。空気と光に触れることによって初めてあの藍色が生まれる。「発酵」させることにより、インディカンが水に溶け、染料として使用することができるようになるという。
「発酵」とは、広義で「菌が人間にとっていい働きをしてくれる作用」のこと。発酵の過程の中で、いい菌だけが働くために「酸」の力を借りることが多い。そのため、多くの発酵食品は「酸性」になる過程を経るが、藍染の液はpH13の強アルカリ性。アルカリ性の環境の中では、いい菌も悪い菌も生きていけないため、アルカリ性の殺菌剤も多い。 では、藍はなぜ発酵するのか。それは、藍還元菌という、アルカリ性を好む菌がいるのだとか。彼ら(菌)が元気に働ける環境を整えることが人間の役割となる。しかし、現在、藍染の衣類で販売されているものは、この「発酵」によって染料を抽出しているのではなく、化学薬品を使って色素を抽出しているものがほとんど。
藍を「建(た)てる」
伝統的な藍染の工法は、藍の葉を100日かけて発酵させて「すくも(染料のもと)」をつくり、それをさらに、藍甕(あいがめ)の中で灰汁(あく)やフスマ、石灰、酒などと共に発酵させ、その液の中で何度も染め重ねる。藍の葉を発酵させて染料のもとを作ることを「藍を建(た)てる」という。
農家から藍の葉を買い、染料を作る専門の「藍師」という職人に加え、発酵させるための水の量の加減を見極める「水師」というまた別の職人がいるほど、藍の葉を発酵させ染料にするのは難しい。それを元に染色の職人が染めるのだから、藍染には大変な手間と時間と技術が必要であることがわかる。伝統的な藍染の原料は1俵(60kg)で12万円もするのだとか。今や「藍染」は芸術品として博物館などに展示されるようなものになっている。 (「暮らしの発酵通信」6号より)
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