引き算の美学〈黒糖チョコレート〉
原材料はカカオ豆と沖縄県産の黒糖のみ。究極にシンプルなチョコレートが沖縄にある。チョコレート専門店〈TIMELESS CHOCOLATE〉代表の林正幸さんは“引き算から生まれるチョコレート”で沖縄の黒糖に新たな光を照らしている。
黒糖で沖縄の魅力発信
沖縄県北谷町(ちゃたんちょう)はアメリカンビレッジとサンセットビーチが有名な人気の観光エリア。タイムレスチョコレートの加工場兼店舗はアメリカンビレッジから車で10分ほどの所にある。アメリカ西海岸を思わせるガレージ風のおしゃれな店内はチョコレ ートの甘い香りで満たされ、お店に入るだけで幸せな気分になる。
イートインもでき、店内でゆっくりお買い物もできる
タイムレスが提供するチョコレート の原材料は沖縄県産黒糖と世界中から厳選したカカオ豆のみ。代表の林さんはアメリカやオーストラリアで学んだバリスタ経験を活かし、沖縄でしか作れないチョコレートを製造・販売している。
株式会社TIMELESS 代表取締役社長林正幸さん
1984年神奈川県生まれ。サンフランシスコでコーヒーカルチャーと出会い、エスプレッソの本場メルボルンにてバリスタのライセンスを取得。沖縄に移住し「Bean to Bar」をコンセプトにした『TIMELESS CHOCOLATE』を2014年にオープン。2020年には沖縄県の「第23回商工会特産品コンテスト」にて県知事賞を受賞するなど、精力的な活動を続けている。
「エスプレッソに合う砂糖を探し求めていたら沖縄にたどり着きました。最初は沖縄でバリスタをしようと思っていたんですが、沖縄にはすでに素晴らしいバリスタの方々がいて、ひとつのコーヒー文化が育っていました。それなら僕は違うことをやろうと思い、砂糖を探している時に出会ったチョコレートならコーヒーの知識やバリスタとしての経験も活かせるのでチョコレートを作ることにしました。
『なんで気温が高い沖縄でチョコレートなんですか?』ってよく言われるんですが、タイムレスのチョコレートは沖縄じゃないと作れないんですよ。
沖縄のお土産品として黒糖は定番ですが、一口に黒糖といっても島ごとに味わいが全然違うんですよ。伊平屋島の黒糖はバニラのような香りがあるし、与那国島の黒糖は塩味と苦味があってミネラル感が強い。でも、そんな味の違いは表現されることなく黒糖として一括りになってしまっているのがもったいないと思ったんです。
コーヒーの世界では、エスプレッソ に砂糖を加えることで酸味や果実感を引き出したりします。僕はバリスタの経験から砂糖は単に甘味を加えるだけのものではないことを知っていたので、黒糖のポテンシャルを最大限に引き出してみたいと思いました。信じられないかもしれませんが、伝統製法で作られた黒糖なんて、コーンポタ ージュの味がするんですよ!
オ ーストラリアのメルボルンという町は〈信号機よりもカフェが多い町〉、なんて言われていますが、そこのバリスタ仲間に伝統製法で作られた黒糖を持っていったことがあります。そうしたらみんな口を揃えて『これは何のスイーツ?こんな穀物みたいな味のスイーツが日本にあるの?』って言うんです。砂糖100%だと言っても全然信じてくれませんでした。そのくらい沖縄の黒糖ってまだまだ知られていないし、逆に言うと黒糖は沖縄の魅力を世界に発信できる強力なツールなんです。」
引き算のチョコレート
黒糖は白砂糖に比べてミネラル分が豊富で栄養価が高く、芳醇な香りと優しい甘味、酸味、渋味などが味わえる。一方で黒糖でお菓子を作ると甘味をストレートに表現しづらかったり仕上がりが茶色や黒になってしまったりという難しさがある。
サトウキビの汁を搾って煮詰めて作られる沖縄の黒糖。産地によって全く異なる味わいをみせる。
林さんはチョコレートに苦味を加えるためだけに黒糖を使うのではなく、黒糖とカカオ豆を掛け合わせて両方が主役になるチョコレートを目指している。
「僕はタイムレスのチョコレートを〈引き算のチョコレート〉と表現しています。大量生産のチョコレートには香料や乳化剤など、僕たちから見ると使わなくてもいいものが原材料に含まれています。けれども、僕は自然な素材でチョコレートを作りたいと思っていたので究極的にシンプルな材料を模索した結果、黒糖とカカオ豆という2つの原材料に辿り着きました。
引き算をしたからといって手間がかからないわけではなく、実はすごく時間がかかるんですよ。まずはカカオの生産現場を見に行って、どの品種が僕たちの求めるカカオ豆なのかを特定します。黒糖と同じように、カカオ豆も国や地域、生産者によって全く味が異なります。自然のものだから毎回味が変わるし、焙煎方法や溶かす温度、使う黒糖の種類と品質などによって掛け合わせは無限に広がります。
このカカオ豆はマスカットのような香りがあるからこの黒糖を使おうとか、新しいチョコレートを作る時には何百種類もテイスティングをして、黒糖とカカオ豆のどちらの個性も活かせる最高の組み合わせを見つけていきます。
僕はコーヒーやワインのテイスティングを学んできたから、黒糖やカカオ豆の味の違いを表現できます。自分の人生を通して得てきた知識や経験をチョコレートに落とし込んでいる感じですね。」
世界各国から届いたカカオ豆は一つ一つ選別をして良質なものだけを焙煎していく。
食べたい味に合わせて原材料を組み合わせるのではなく、黒糖とカカオ豆という素材の味を最大限に引き出してチョコレートを作ることが自分たちの役割だと言う林さん。〈和食は引き算〉という言葉があるが、林さんのチョコレートはジャパニーズスタイル・チョコレートとも表現できる。
カカオ豆から板チョコまで〈Bean to Bar〉
「そもそも、フルーツとしてのカカオって見たことありますか?ラグビーボールみたいな形をしていて、実を割って中に入っている種がカカオ豆です。白い果肉に包まれたカ カオ豆をバナナの葉に包んで木箱に入れて発酵させます。発酵過程で白い果肉が取れ、残った種の皮を取り除いた中身がチョコレートの原料になります。カカオ豆の味わいは発酵によって大きく変化するので、とても重要な工程です。
日本ではめったに見られないカカオの木(上)とカカオの果実(下)。チョコレートの原料となるカカオ豆はこの白い果実の中にある。
タイムレスではカカオ豆の皮が付いた状態で仕入れて一つ一つ手作業で選別し、焙煎して砕き、皮を分けてすりつぶしてペースト状にしていきます。カカオ豆には油分が50%以上含まれているので、すりつぶすことでカカオバターがにじみ出てトロトロになります。ゴマをすっていくとゴマペーストになるのと同じ状態ですね。そこに黒糖を加えて1ヶ月以上熟成させて味をなじませ、黒糖とカカオ豆が一番良い状態になったものに温度を加えて板チョコにします。
カカオ豆から板チョコになるまでには1〜2ヶ月かかるんです。プロの職人でも家庭でも、チョコレート菓子を作る時は板チョコを使いますよね。僕たちはその板チョコを豆から作っているということです。
大量生産された一部のチョコレ ートは、ある程度精製したカカオ豆をプレスして油分を抜き、他の植物性油を加えて作ります。油分であるカカオバターは化粧品としての価値があるので、別に抽出して高く取引されます。
タ イムレスのチョコレートは、何も引かず加えずカカオ豆(Bean)から板チョコ(Bar)に加工していますが、設立当初から一貫してこの〈Bean to Bar〉の製造を行うことをコンセプトに掲げています。10年前は日本で誰もやっていなかったんですよ。だから創業時は海外の文献を調べて、桶やドライヤーなどの手に入る道具を駆使して試作を繰り返していました(笑)。」
カカオやサトウキビの生産者の想いを引き継ぎ、丁寧に練り上げて完成した板チョコ。カカオ豆と黒糖の掛け合わせによって変わる味の違いを楽しめる。
タイムレスなつながりを大切に
小学生の頃から一人で旅に出ていたという林さん。18歳の時にバイクを購入して日本中を旅したり、バックパッカーとして世界中を巡ったりした。旅を続けていく中で、自然のものを扱う仕事がしたいと思うようになり、味も香りも製造方法も多種多様なコーヒーに魅了されていった。
「20年程前にアメリカに行った時、産地(国)だけではなく、より細かな地域や生産者、加工、焙煎などの〈物語〉を伝えることによってコーヒー生産者を応援しようという流れが始まっていました。今の日本でも自然派ワインやクラフトビールなどで同じような波がありますよね。〈Bean to Bar〉もそうですが、総じて言えるのは〈物語〉があるということです。
僕はモノをつくるセンスは無いけれど、人と出逢うセンスはあると思っています。物語をしっかりつないで価値あるものを提供するために、カカオやサトウキビの生産者に直接会いに行って話をします。カカオの生産者からサトウキビの生産者、そしてタイムレスの仲間たちの物語をチョコレートに込めて最高の一枚に仕上げていきます。自分を成長させてくれた旅と人との出逢いをチョコレートを通して伝えていきたいです。」
日本を含め世界中を旅した物語に想いを馳せる林さん。林さんは今もなお、世界を旅して想いを共感できる生産者を探している。タイムレスという社名にも林さんが大切にする人と人との関係性の在り方が込められている。
今も世界中に足を運び、共感できる仲間を増やし続けている林さん。台湾のカカオ生産者と。
「アメリカに住んでいた頃にすごくお世話になった台湾の友人がいました。彼に感謝の気持ちを伝えたいけれど、その気持ちを上手く表現できる言葉が見つからなくて…。そうしたら彼が『僕と君はタイムレスだからね』と言ってくれたんです。これから先、いつ会おうが何をしていようが僕たちのこの関係性は変わらない、友情に時間という概念は無いんだ、と。この言葉がすごく嬉しくて、この概念をずっと大切にしていこうと思ったので社名を〈タイム レス〉にしました。
タイムレスな人と人との関係はもちろん、チョコレートとの関係もタ イムレスでありたいと思っています。僕らは100年前だろうが100年後だろうがカカオ豆と黒糖があればチョコレートを作ることができます。どんな時間軸でも、沖縄でしか作れない究極のタイムレスチョコレートができるんです。これから50年生きるとして、その時にもタイムレスがあって、沖縄でカカオ栽培ができるようになって『沖縄と言ったらカカオ豆と黒糖のチョコレートだよね』と言われるようになったらすごく楽しいなと毎日妄想しています。」
タイムレスの店舗入り口には、沖縄から世界へ飛び立っていこう!という想いが込められた気球のイラストがある。自然そのものの素材の価値を大切にしながら、人とつながってチョコレートの物語を伝える林さんの旅はこれからも続いていく。
暮らしの発酵チャンネルでは、林さんのこだわりを動画でご覧いただけます!
2024年2月取材。
\取材班がタイムレスチョコレートのカフェに行ってきました/